molt[動詞]= 脱皮する。
「いつもの自分」「固定観念」「予定調和」から一枚はがれる、
ニッチでコアな旅のウェブマガジンです。
夕方5時の逆光。次の満月の夜、また見に行く。
どこまでが自分で、どこからが森か。
全員始発で帰った。CAMERA ROLL: 2022.08
3日間バラバラに歩いた9人の写真に、同じ茶トラ。
空がピンクの30分だけのショー。
橋の真ん中で振り返る儀式つき。
圏外表示を見た瞬間の解放感も込みで。
音威子府/我孫子/姫路「まねき」。読者投稿。
3時間目から、杉の匂いだけになった。
次の週から、世界が閉まった。
眠れなくて散歩に出ただけなのに。
ニッチであるほど、誌面の真ん中へ。
結論から言うと、予定がない時間は、3倍濃い。——時刻表を捨てた100時間で、記者は暇という贅沢を10年ぶりに思い出した。
断っておくと、これは計画魔だった記者の記録である。ルールはひとつ、「決めるのは、その場で」。初日の午後、バスは来なかった。日本なら事故だが、ここでは日常らしい。隣で待つおじさんが肩をすくめて笑ったので、記者も肩をすくめた。これが最初の会話だった。
37時間目、やることが完全に尽きた。ベンチで2時間、市場の搬入を眺めた。スイカの山が崩れ、積み直され、また崩れた。スマホを見ない2時間がこんなに長いとは。そして長い時間は、なぜか全部覚えている。
行く。ただし白状すると、帰りの空港で次の旅のホテルを検索しかけた。人は簡単には脱皮できない。だから何度でも行くのだと思う。(※この記者は現在、時刻表を月に1回しか見ていない。——編集部)
服の袖を引かれ、眉毛を上げられ、指を3本立てられた。——結論から言うと、交渉は成立した。日本語も英語も、1語も使っていない。
舞台はマラケシュの土曜市場。記者の武器は、指と眉毛と電卓だけ。おばちゃんが電卓に「300」と打つ。記者が「150」と打ち返すと、おばちゃんは天を仰ぎ、心臓を押さえた。名演である。こちらも胸を押さえ返した。観客(近所の子ども)が笑った。
気づいたことがある。日本では、話が通じるせいで、相手の顔をほとんど見ていなかった。ここでは表情筋だけが辞書だ。20分の交渉で、記者はおばちゃんの機嫌の全パターンを覚えた。会社の同僚より詳しくなってしまった。
200。たぶん相場より高い。でも帰り際、おばちゃんはミントを一束、袋に押し込んでくれた。あれは言葉より雄弁な「また来な」だった。(※記者は翌週も行った。——編集部)
深夜バスの窓側の席は、日本でいちばん安い個室である。——時速80kmで運ばれながら、人はやけに正直になる。
23時40分、消灯。カーテンの隙間から、知らない街の看板が流れていく。隣の乗客は他人、行き先は同じ。この「ひとりだけど、運ばれている」感じが、深夜バスにしかない。飛行機は速すぎて、考えごとが追いつかない。
窓に頭をつけると、悩みごとが振動でほぐれていく。昼間は言い訳が上手な脳も、深夜2時のパーキングエリアの自販機の前では素直だ。缶のコーンスープを握って、記者は転職を決めた。人生の会議室としては、破格の4,200円である。
眠れない。でも、それでいい夜がある。着いた朝の街がやけに新しく見えるのは、寝不足のせいだけではないと思う。(※編集部は首枕の持参を強く推奨します。)
検索は1秒、人づては3分。でも3分のほうが、旅は長く残る。——旅人15人に聞いた「現地の友達のつくりかた」の最大公約数は、あっけないものだった。
曰く、「同じ店に2回行く」。1回目は客、2回目は「また来た人」、3回目はもう常連である。曰く、「道は2回聞く」。1回目は道を、2回目は「あなたのおすすめ」を。質問が世間話に化けた瞬間、地図アプリには載らない店の名前が出てくる。
最年長の旅人(68歳・元船乗り)の技はさらに単純だった。「プラスチックの椅子に座りなさい。世界中どこでも、あの低い椅子の周りでは、みんな暇だから」。実践したところ、15分でサッカー談義に巻き込まれた。優勝である。
聞かない派が多数だった。「また会えたら友達、会えなかったら旅の登場人物」。この距離感を覚えてから、記者は別れ際が怖くなくなった。(——編集部)
実験の仮説は「無理」。結果は「2時間で禁断症状、6時間で解放、48時間後は延長を希望」だった。
砂漠のキャンプに着いて最初にしたことは、圏外なのにスマホを掲げて歩き回ることだった。人類の新しい盆踊りである。2時間後、あきらめてポケットにしまった。すると急に、風の音の解像度が上がった。通知音のために、耳はずっと待機していたらしい。
夜、天の川の下で気づいた。悩みごとを思い出そうとしたのに、3つしか出てこない。東京では30個あった気がしていた。残りの27個は、たぶん電波に乗って誰かの悩みが流れ込んでいただけだ。バッテリーは48時間で16%しか減らなかった。心の消費も、たぶん同じくらいだった。
帰りの空港でWi-Fiに繋がった瞬間、通知が482件。うち、本当に必要だったものは2件だった。この比率を、記者は忘れないことにしている。(——編集部)
旅の感想を聞かれて「風呂がよかった」と答えたら、それは自宅の風呂の話だった。——帰国した夜の湯船は、旅の最後のページである。
3週間ぶりの自宅。蛇口をひねると、お湯が出た。それだけのことに、声が出た。砂漠では水は1日2リットルの配給で、山小屋ではシャワーは3分100円だった。41.5度が無限に出る装置が家にある。この国は、静かにどうかしている(良い意味で)。
湯船に沈みながら、旅の記憶が順番に溶けていく。不便も、ハプニングも、通じなかった言葉も、お湯の中では全部「いい話」に変換される。人間の風呂には、そういう編集機能がある。
この風呂のありがたみが薄れてきた頃に。つまり、だいたい3ヶ月後である。日常の解像度が下がったら、それが出発の合図だ。(——編集部)